大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成10年(行コ)73号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、八千代市に対し、金二億五五五六万八七〇四円及び平成七年一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  事案の概要

次のように付加、訂正するほかは、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」の欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決二三頁四、五行目の「条例改正がなされた」を「勤務時間条例の改正がされた。さらに、平成一〇年九月二五日、右の『四〇時間以内』を『三八時間四五分』にする勤務時間条例の改正がされ、勤務時間規則についても、同年一〇月二六日、一週間の勤務時間を三八時間四五分に、一日の勤務時間を七時間四五分にする改正がされ、これらの改正はいずれも同年一一月一日から施行された。これに伴い、本件措置は、同年一〇月三一日をもって廃止された。」に改め、同二七頁五行目の次に、

「 また、八千代市において平成五年二月二八日に完全週休二日制が実現された後において本件措置を存続させることとなったのは、次の必要性と目的からである。

すなわち、労働時間の短縮に向けての社会的要請は、当初の週四〇時間勤務制の導入にとどまることなく、更なる短縮を求めてきており、国では年間一八〇〇時間程度を目標としていたこと、近隣の千葉県市川市においては、執務時間(開庁時間)を午前九時からとし、午前九時までに登庁した職員については事実上出勤猶予扱いとすることにより、また、平成五年六月一三日からは条例上の勤務時間を改正することにより週三八時間四五分勤務制が採られていたほか、その他の近隣市でも週四〇時間勤務制が導入された後も本件措置と同様の措置を存続させることにより更なる労働時間の短縮を指向していたこと、八千代市としても近隣他市の勤務制に配慮せざるを得なかったのみならず、地方公共団体として労働時間の短縮の民間への波及効果を考えざるを得ない立場にあること、職員組合から本件措置の存続を強く要求され、これを頑なに拒否するとかえって勤務能率を低下させる等のおそれがあったこと、本件措置を実施する当初目的の一つであった朝の交通事情の改善の点については東葉高速鉄道の開通の遅れからなお本件措置の存続の必要性があることなどの事情があり、他方、週三八時間四五分勤務制は更なる労働時間の短縮となるため、職員の勤務体制や市民サービスへの支障のおそれもなしとしないこと、勤務時間条例や勤務時間規則の抜本的な改正で対処すると勤務時間の短縮となり、一時間当たりの給与額が上昇するため時間外勤務手当や休日勤務手当等にはね返り、八千代市の財政を圧迫することとなるため、直ちに市民の理解を得られるかどうか疑問であったことなどの事情があったことなどから、右の抜本的改正に向けて、前記の事情の変化やその後の動向によっては本件措置の廃止をも考慮しつつ、行政や市民サービスへの支障等の有無を検討し、市民の理解の動向を見る必要があり、そのための試行(暫定的措置)として本件措置を存続させることになったものである。」

を加え、同六行目の「実施された」を「実施され、八千代市において完全週休二日制が実現された後においても本件措置を存続させることされた」に、同三九頁一一行目の「右1」を「右〈1〉」に、同行目の「右2」を「右〈2〉」に改める。

三  当裁判所の判断

次のように付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実及び理由の「第三 争点に関する判断」の欄の一に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四七頁六行目の次に次のように加える。

「(2)また、八千代市固有の事情としては、次のようなものがあった。

八千代市職員の通勤事情としては、鉄道やバスは、その路線や発車間隔等の関係から通勤のための利用には不便であったため、本庁舎勤務の職員約一四〇〇名のうち、約一〇〇〇名が自家用車などにより通勤していた。そして、八千代市の市庁舎は、主要幹線道路である国道一六号線と国道二九六号線との間に位置し、市庁舎前の道路が右の二つの国道を結ぶ主要道路となっているため、市庁舎前の道路では常時慢性的な交通渋滞が生じており、八千代市の職員の出勤時間が全員についてほぼ同時刻であることもその原因の一つとなっていた。このため、本件措置を施行する前には、市庁舎の近隣住民から職員の自家用車での出勤による交通渋滞等の発生についての苦情が寄せられ、その善処が求められていた。なお、八千代市周辺の交通事情を抜本的に改善するものとして、東葉高速鉄道の開通が期待されていたが、いまだその実現をみていなかった。

八千代市では、職員の勤務の在り方として、窓口業務を行っている職員に対しては、窓口で市民と応接する職務を行う時間が勤務時間であり、それに関する付随業務はその前後に行うように、また、窓口業務以外の業務を行っている職員に対しては、執務の準備又は整理、後始末は勤務時間の前後に行うように指導していた。このようなこともあって、八千代市職員の勤務の実態を見ると、多くの職員は、窓口事務取扱時間開始後、直ちに事務を開始することができるように、勤務時間開始の一五分ないし三〇分前に登庁して事務机等の清掃、書類保管庫の開錠、複写機、コンピューター、諸証明発行機等の電源入力等の作業を行っており、また、勤務時間終了後も、直ちに退庁せず、事務の後始末や各種の打合せ等のためある程度の時間そのまま執務を続けていることが少なくなかった。なお、右のような時間外勤務については、八千代市は、時間外勤務手当を支給していなかった。

また、八千代市の職員により組織されている八千代市職員組合は、昭和六〇年三月以降、勤務体制について、週三五時間制及び週休二日制の確立をスローガンとして掲げ、当面の要求として午前九時出勤及び四週六休制の導入を強く要求した。八千代市は、平成元年七月から、土曜閉庁方式による四週六休制を導入したが、右導入後においても、職員の三分の一を女性職員が占め、女性職員の半数以上が共働きで、子供を保育所等に送る関係から午前八時三〇分出勤がその負担となっていたこともあって、後記の近隣他市の状況、千葉県庁や国の中央省庁の職員の勤務実態等を踏まえて、右職員組合は、引き続き午前九時出勤を強く要求していた。」

2  同七行目の「(2)」を「(3)」に改め、同四九頁九行目の次に次のように加える。

「本件措置の実施後の状況について見ると、本件措置の実施により八千代市の業務に支障を来すことはなく、窓口業務その他についての市民サービスも円滑に行われ、また、本件措置により午前九時に出勤すれば足りる職員も、その多くは、同時刻よりも早く出勤しており、勤務時間終了後も直ちに退庁せず、従前と同様に残務処理等を行っていた。

本件措置の実施後、八千代市議会においてその廃止や改正を求める意見が提出されたり、その旨の決議がされたことはなく、八千代市民から、本件措置について苦情やその廃止、改正等を求める意見が寄せられたこともなかった。また、本件措置の実施状況については、八千代市の部長会等で継続的に調査が行われ、本件措置が概ね適切に実施されていることが確認された。」

3  同一〇行目の「(3)」を「(4)」に、同五三頁八行目の「(4)」を「(5)」に改め、同五四頁六行目の次に次のように加える。

「八千代市は、右の完全週休二日制による週四〇時間勤務制の実施に伴い、本件措置を廃止するかどうかについて検討を開始したところ、八千代市職員組合から、国は年間総労働時間を一八〇〇時間程度にすることを目標としており、週四〇時間勤務制の導入だけでは労働時間の短縮として十分でないこと、近隣他市においても、本件措置と同様の措置の継続が予定されており、例えば、千葉県市川市では一週間当たりの勤務時間を三八時間四五分とすることが決められていたこと、本件措置の実施によっても、八千代市の業務が円滑に行われていたことなどを理由として、本件措置の継続を強く要請された。

そこで、八千代市では、右の要請も踏まえて本件措置の継続の是非について更に検討した結果、本件措置の週四〇時間勤務制の施行としての役割は、週四〇時間勤務制の導入により達成されたものの、本件措置の導入時に期待されていた東葉高速鉄道の開通の遅れなどにより、前記のような朝の出勤事情は未だ改善されることなく継続していること、本件措置の実施により八千代市の業務に支障を来すことはなく、窓口業務その他についての市民サービスも円滑に行われ、また、本件措置により午前九時に出勤すれば足りる職員も、その多くは、同時刻よりも早く出勤しており、勤務時間終了後も直ちに退庁せず、従前と同様に残務処理等を行っていたこと、相当数の近隣他市においては、週四〇時間勤務制の導入後も前記のような職務専念義務免除方式等による午前九時までに出勤すれば足りるとの制度を継続しており、また、国の労働時間の短縮への動向が流動的であることなどから、当面、これらの推移を見極める必要があること等本件措置の継続を相当とする事情が存続しており、他方、本件措置を週四〇時間勤務制の下で継続するのではなく、より抜本的な勤務時間条例や勤務時間規則における勤務時間を週三八時間四五分に改正することで対処することとすると、時間外勤務手当や休日勤務手当等の額に影響を及ぼし、八千代市の財政負担を圧迫するおそれがあり、これについて直ちに八千代市民の理解を得ることは困難であるとの判断に達した。そこで、被控訴人は、これらの事情を総合考慮し、本件措置の廃止や勤務時間条例等の改正による対処も視野に入れつつ、当分の間、本件措置を継続することを決断し、本件措置は、八千代市において完全週休二日制が施行された平成五年二月二八日以降も継続して実施された。」

4  同七行目の「しかるに」から同九行目の「ことから」までを「そこで」に、同五五頁二行目の「改正した」を「改正し、さらに、平成一〇年九月二五日、右の『四〇時間以内』を『三八時間四五分』に改正し、勤務時間規則についても、同年一〇月二六日、一週間の勤務時間を三八時間四五分に、一日の勤務時間を七時間四五分にする改正をし、これらの改正はいずれも同年一一月一日から施行された。これに伴い、本件措置は、同年一〇月三一日をもって廃止された」に改め、同行目の次に次のように加える。

「本件措置の継続実施後においても、八千代市議会においてその廃止や改正を求める意見が提出されたり、その旨の決議がされたことはなく、控訴人から八千代市監査委員に対して本件監査請求がされたほかは、八千代市民から、本件措置について苦情やその廃止、改正等を求める意見が寄せられたこともなかった。また、本件措置の実施状況については、八千代市の部長会等で引き続いて継続的に調査が行われ、本件措置の継続実施も概ね適切であることが確認されていた。」

5  同五五項一一行目の「しかしながら」の次に「、地方公務員の服務の根本基準として、すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、職務の遂行に当たっては、全力を挙げてこれに専念しなければならないことが規定され(地方公務員法三〇条)」を加え、同五六頁二行目の「ものであることからすると」を「ものであり」に、同二、三行目の「地方公務員法」を「同法」に、同五行目の「同条項」から同一一行目の「承認することは」までを「職務専念義務の免除が服務の根本基準を定める同法三〇条や職務専念義務を定める同法三五条の趣旨に違反する場合には」に改める。

6  同五七頁八行目の「あるなか」の次に「、勤務時間の短縮を図るとともに、前記のような八千代市固有の事情を踏まえ、職員の早朝出勤の困難の緩和や職員の時差出勤を可能にすることにより交通渋滞の解消を図るとともに、勤務時間の前後における職員の事実上の時間外勤務に対する代償措置としてこれを含めた職員の実質勤務時間を勤務時間条例等における勤務時間にできる限り符合させること等をも目的として」を加え、同五九頁七行目の「少なくとも」から同九行目の「なされた」までを「職務専念義務の免除が服務の根本基準を定める同法三〇条や職務専念義務を定める同法三五条の趣旨に違反する」に改め、同一〇行目の「、右期間については」を削り、同六〇頁三行目の「本件措置」から同六二頁三行目までを「次に、八千代市において完全週休二日制による週四〇時間勤務制が実施された平成五年二月二八日以降においても本件措置を継続したことが違法であったかどうかについて判断するに、同日以降においては完全週休二日制による週四〇時間勤務制の試行措置として本件措置を存続させる必要性は失われたことは明らかであるが、他方、本件措置が目的としていたそれ以外の点については、職員の出勤事情の改善は、本件措置の導入時に期待されていた東葉高速鉄道の開通の遅れなどにより、解消されておらず、八千代市庁舎前の道路の出勤時間帯における交通渋滞も改善をみておらず、職員の時差出勤による交通渋滞の解消の必要性も依然として存続していたのであり、また、本件措置の実施後も本件措置により午前九時に出勤すれば足りる職員も、その多くは、同時刻よりも早く出勤しており、勤務時間終了後も直ちに退庁せず、本件措置の実施前と同様に残務整理等を行っているなどの状況が続いていたのであって、これらの点については、本件措置の導入時と基本的な事情は変わっていなかったものであり、これらの事情に、労働時間の短縮の点についても、前記の国の年間総労働時間を一八〇〇時間程度にするという目標からすれば、週四〇時間勤務制の導入だけでは必ずしも十分でないとして一層の労働時間の短縮を求める社会的要請が依然として存在していたこと、相当数の近隣他市においては、週四〇時間勤務制の導入後も前記のような職務専念義務免除方式等による午前九時までに出勤すれば足りるとの制度を継続していたこと、本件措置による職務専念義務の免除は、一日平均で一五分にすぎない上、本件措置による職務専念義務の免除は、前記のような事実上の時間外勤務に対する代償措置としての性格をも有することを考え合わせると、平成五年二月二八日以降においても、公務優先の原則を基本としつつ実質的な労働時間の短縮や職員の通勤事情等の改善を図る当面の暫定的な措置として本件措置を存続させる一応の必要性と合理性は存続していたものであって、同日以降において本件措置による職務専念義務の免除を継続実施したことが服務の根本基準を定める同法三〇条や職務専念義務を定める同法三五条の趣旨に違反するものということはできない(なお、控訴人が損害賠償請求の対象としている平成五年七月から平成六年六月までの間において、本件措置を違法とするような事情の変更が生じた事実もこれを認めることができない。)。

そうすると、本件支出が違法な公金の支出に当たるということはできないから、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。」に、同四行目の「原告は」から同八行目の「なお」までを「次に」に改め、同六三頁九行目から同六四頁五行目までを削る。

三  結論

よって、原判決は結論において相当であるから、本件控訴を棄却する。

(口頭弁論の終結の日 平成一〇年一一月一二日)

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 柳田幸三 裁判官 菊池洋一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例